【シンポジウム】
多様化する中国語学習者-既修者、帰国子女、華裔のいる教室-
概要
日時 | 10月28日(土)13時30分から16時まで(13時開場) |
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場所 | 早稲田大学早稲田キャンパス16号館4階401教室 |
参加費 | 無料(中国語教育学会の会員でなくても参加可) |
定員 | なし |
お申し込み | 事前申し込み受付フォーム ※当日参加も受け付けますが、準備の都合上、参加希望者は出来るだけ事前にお知らせください。 |
プログラム
[報告1]高校における事例報告
藤井達也(埼玉県立伊奈学園総合高等学校)
[報告2]大学における事例報告
楊達(早稲田大学)
[報告3]既習者、帰国子女、華裔の立場からの経験報告
木村千夏さん(法政大学)
藤城奈穂さん(文教大学)
呉 朝逸さん(早稲田大学)
[ディスカッション]
昨年の研究会では「拡大する中国語学習環境-留学生との学習、交流の場をどう作るか-」と題し、中国語を母語とする留学生があふれるキャンパス自体を、中国語教育/学習にとって新しい学びの方法を試みる恰好の機会ととらえ、それを積極的に活用している事例を報告してもらいました。
実は教室の中も既修者、帰国子女、華裔など様々なタイプの学習者が混在するようになっています。そこで、今年の研究会では「多様化する中国語学習者-既習者、帰国子女、華裔のいる教室-」と題し、高校や大学の現場でそのような学習者の多様化をどう受け止め、どう対応しているのか(どう対応しようとしているのか)、高校・大学での事例報告をしてもらい、あわせてそれらの立場で学んだ(学んでいる)学習者からの報告を聞いたうえで、参加者の皆さんも加えたディスカッション行うことにしました。
参加者の方々にも、多くの事例や経験を持ち寄っていただきたいと思います。可能であれば、事前に上記連絡先までメール本文あるいは添付ファイルでお寄せください。
地図
発表概要
[報告1]高校における事例報告
藤井達也(埼玉県立伊奈学園総合高等学校)
1高校で中国語履修者にいる華裔
勤務校で行っている主に中学生に向けた生徒募集のための学校紹介(オープンキャンパス・学校説明会・各学系の体験入学・授業公開)などでは、中国人の保護者の見学も散見されるし、華裔の参加もある。中には現在子どもは小学生という保護者が授業見学に来ていることもあった。期待しているのは母語保持なのか、あるいは身についていない中国語を勉強させたいのかわからないが、一定のニーズがあるように思える。
1,1 その保護者の意識など背景
高校で中国語クラスに入る華裔の生徒は、中国語の発達段階が小学校就学前・小学低学年くらいまでというケースが多いのではないかと思われる。日本語も「友だちとの会話で身につけた」という情況が多いようであり、文章を書く力やある程度以上の読解力があるかは個々の情況によるようだ。そこで我々教える側が考えなければならないことは、言語能力とは何かということである。場合によっては、いわゆる“セミリンガル”の状態かもしれず、生徒の情況に応じた適切な指導が必要かもしれない。(参考:『英語を子どもに教えるな』市川 力著中公新書ラクレ新書)
勤務校で中国語を履修している日本人生徒で学習経験者はほとんどいない。あっても、親の転勤の時に少し勉強した、NHKの講座を少し聴いた、という程度である。
最近のアンケートの結果を見ると約20年前と比べ学習動機は少しずつ変化しているようだ。1999年頃は、「三国志が好きだから」、「大学で東洋史を勉強したいので」といった理由が見られたが、その後少しずつ減り、2004年頃は「(海外勤務経験のある)父親の薦めで」という動機が増え始めた。付け加えると、単なる印象では、親の薦めという理由は、学習の熱心さと結びつくとは限らないようである。先頃採ったアンケートでは、(10月実施。対象:1年次~3年次中国語履修者80名)中国語を選択した理由として「将来仕事などでメリットがある」、「中国人はたくさんいるから話せる」、「好きなアイドルが中国人」などが34名、42%。「中国語自体に興味」があるとしたものが18名、23%であった。
1.2 指導において思うこと(他の生徒との兼ね合い・発音矯正)
今年度の1年次生には、履修者50人中2人の華裔の生徒がいる。アンケートで「中国語を履修した理由を書いてください。」の欄には、「基本から勉強しなおしたかったから(ピンイン・簡体字があいまいだった)」、「母の親戚と話すため」とあった。授業時の発音矯正については、「自分もなまりがあると思うので発音を直されるのは仕方がない。」とのことであった。
クラスの雰囲気で気をつけたいこととしては、周りの生徒が、あの子はできて当たり前、自分はできなくて当たり前と思ってしまうことや、華裔の生徒の発音と教授者の発音のどちらを基準にするか迷うようなことを避ける注意が必要と思われる。また、華裔にとっては、予習・復習をしなくても何とかなるので中途半端な時間になってしまう可能性もあり、授業に参加していないわけではないが、ただ楽な時間になってしまう危険性もある。主体的な言語活動を行うなどの工夫が必要だろう。
2 高校既習者と大学接続の問題
2010年12月22日(水)筑波大学におけるシンポジウム「今大学に求められている外国語教育とは何か?」で勤務校の外国語教育を紹介し、高校で学んだものと大学接続の問題を取り上げた。高校でドイツ語・フランス語・中国語・英語(必修科目に加え専門科目としての英語を含む)を学んだ卒業生の大学の授業に対する感想を失礼ながら以下紹介する。「大学の授業がものたりない」、「スピーキング力が落ちた気がする。」、「クラスのモチベーションが低い。自分がしっかりしないとやらなくなってしまう。」、「先生のやる気が感じられない。」、「内容が文学に偏っている。」、「教授の趣味に偏っている。」、「各講座が自分に何を学ばせたいのかがよくわからない。」、「発音に自信が持てている」、「既習者に対する配慮がない。『授業に出なくていい』と言われた。」、
こうしたことから「3+4」(高校の3年間+大学の4年間)を生かした学びのつながりを作り出す必要があると考えられる。高校での学習を基礎として、総合的なコミュニケーション能力を伸ばす取り組みも必要であろうし、またアーティキュレーションの検証も必要だろう。大学全入時代の現在、大学入試は「ふるい」としてのみの機能から脱却し、学習者の学習到達度をはかり、個々の能力に応じて適切な学習を提供するために効果的に機能させることも検討すべきではないか。そして大学の現場において感じられる、学習の足りないところ、(大学で効果的に能力を伸ばすために)高校の教育で力を入れてほしい箇所などを高校サイドにもフィードバックすることも有益であろう。“16-22”(高校1年次から大学4年生まで)の効果的なプログラムの創出が望まれる。また、入試では外国語は英語でのみ受験できるところが多く、高校での英語以外の言語の学習を活かすことができないことが多い。多言語・複言語の能力(あるいは学習経験)を評価する取り組みも必要だろう。
既習者対応の難しさは理解できる。中国語を設置している高校の単位数2~4が大半であるが、18単位学習している高校もあり、既習者も多様である。また、学習者の立場から見ると一般的な日本人の中国語既習者は華裔と同じクラスになると発話能力においてやりにくさを感じるという感想も聞く。
そもそも、大学入学前に学んできたものを活かし、それをより伸ばそうという視点に立てば、中国語に限らず、英語や他の教科・専門だって同じことである。その大きなヒントとなるのがアメリカを中心に行われているAP制度:高大接続の方式(Advanced Placement:高校生に大学レベルの教育機会を提供し、入学後に大学の卒業に必要な単位として認定すること)である。日本でも杏林大学(文部科学省「大学教育再生加速プログラム」テーマⅢ(高大接続)「日英中トライリンガル育成のための高大接続」)などで動きが見られるが、高大連携には結びつけるために多くの大学で制度的に認められる動きが望まれる。
また、「3+4」でより高い能力を持った人材を育てるためには学習者の意識を涵養することも必須であろう。2014年9月27日(土)に行われた「獨協大学創立50周年記念シンポジウム複言語教育の現在と未来」で、やはり高大の接続の問題について発表した際、フロアーからの声で、「高校での教育が、生徒の主体的な学ぶ力を伸ばすべきではないか」との発言があった。これも大切な視点である。私自身も『外国語学習のめやす 2012』の作成に携わったものの一人であり、自立した、自律できる学習者の育成について述べてきたし、悩みながら授業を考えているつもりである。このような学習者の全人的成長を促すような働きかけは色々な場面でなされるべきであろうし、これもまた高大で意見交換しながら進めていくことも必要と思われる。
例えば、我々はよく使われる「中級」という言葉も意味をあまり厳密に規定せずに使っているように思われる。この状況では、「『中級』以上を伸ばすメソッドを我々は持っているのか。また開発できるのか。」といった議論はしにくいままだ。また、「コミュニケーション能力は実際のコミュニケーション活動によって発達する。」(當作靖彦氏)という言葉もあるように、学習者の総合的な能力伸長を視点も求められるべきだろう。
あまりに均質化した社会は、変化に対応しにくく持続的発展が難しい。多様な人材が求められることは20世紀にすでに指摘されてきたことであるが、現在社会全体が多様な次世代を育むために、学習者の持っている力をより伸ばし、足りなないところを育てていくために考えを深められているだろうか。そのための環境整備を進めることは人的、条件的制約があるにせよ、私達は検討を続けていく必要があると思う。
[報告3]既習者、帰国子女、華裔の立場からの経験報告
木村千夏さん(法政大学)
高校 語学系・中国語
伊奈学園総合高等学校、語学系中国語に入学し高校1年次から中国語の学習を始めた。伊奈学園は自ら科目を選び履修する総合選択制のため、1年次から3年次にかけて最大単位数である18単位を履修。2、3年次に短期留学に参加し、2年次にスピーチコンテストに参加した。また、高校卒業までに中国語検定4級・3級・2級に合格。補習もあり、授業のない日にも中国語を勉強していた。大学受験は指定校推薦を利用し法政大学国際文化学部国際文化学科に入学。
国際文化学部
国際文化学部は1999年に創設され、2017年度の新入生は267名。クラスは留学先、第二外国語別に分けられ、私の所属しているクラスはSA(Study Abroad)先が中国のクラスで19人(うち5人は中国人留学生)である。国際文化学部の大きな特徴の1つとして、情報文化・表象文化・言語文化・国際社会の4つのコースがある。このコースは2年次進級時に選択するため、1年次ではそれぞれのコースの授業を組み込んだ必修科目を履修する。もう1つの特徴として、SA留学がある。学部生は2年次の秋学期に約4か月~6か月留学へ行くことがカリキュラムとして決められている。この留学で16単位を修得することが可能である。留学先は、英語圏をはじめ、諸言語圏(ドイツ語・フランス語・ロシア語・駐豪後・スペイン語・朝鮮語)のいずれかを選択する。人数は英語圏が最も多く諸言語圏は少人数である。
大学の授業
1年次で履修できる中国語の科目は春学期秋学期合わせて8単位である。
高校と大学を比較(授業)
高校と大学の中国語の授業を比較してみると、違うところがいくつかある。高校は2年半をかけて文法を網羅するため、ひとつひとつじっくりと学んでいくが、大学の授業ではサクサクと進んでしまうので初心者にはとっては少しペースが速いのではないかと感じる。既修者にとっては1からおさらいをしていくという感覚。授業の中でスピーキング、ライティング、リスニングをまんべんなく勉強する。SA中国のクラスは、大学から中国語をはじめた学生が4人、既修者が4人、中国にルーツを持つ学生が6人、中国人留学生が5人という19人のクラスだが、留学生は代わりに日本語の授業を受ける。そして1人は5月に1年次の中国語の授業を免除しているため、13人で授業をしている。少人数で、授業中に先生が生徒を指名したり、ペアでの会話練習をしたりと、全員がきちんと参加して授業をしている。
ハイレベルな授業を
既修者や中国にルーツを持つ学生に対する制度は、主に2つ。授業免除と先取り履修である。授業免除は、1年次の5月に、1年次分のテストを受け、合格すると免除が認められる。中国語の資格などは関係ない。先取り履修は、HSK4級以上を目安として判断され、認められれば2~4年次のみが受けられる授業を履修することができる。私は授業を免除することはしなかったが、先取り履修の制度は利用したいと感じた。しかし私はHSKの資格を持っていないため、聴講生として3,4年次の授業に参加している。
授業外にできること
1年次の12月にスピーチコンテストに参加することができる。私は今回このスピーチコンテストに参加することで、自身の中国語を高めていきたい。しかしこの機会は、高校に比べると少ないと感じた。
自ら行動
春学期から大学の授業を受けてみて、高校生の頃の自分と今を比較すると、日常で中国語に触れる機会は減り、自分のレベルの向上を感じられずにいた。しかし授業すべてに頼らず、大学内でできることを探し、聴講生として授業に参加したり、留学生と普段から積極的に交流したり、また中国人留学生とLanguage Buddyを組む、スピーチコンテストに参加する、HSKを受験するなど、自分からできることに取り組んでいる。
まとめ
既修者にとって、大学での授業はもう学習したことをまた1からやりなおすという感覚で、自分のレベルは上がらず、大学から始めた学生に追いつかれるのを待つだけのようになってしまう。私はそんな既修者のための制度を大学側に提供してもらうのが理想ではあるが、現実的に難しい問題もあると感じ、自分からできることを探してみた。すると高校ではできないことがあり、それらを利用して自分を高めていこうと考えた。また、既修者、華裔は増えてきているが、それらの学生のすべてがレベルの高い授業を進んで受けたいと思っているのかどうかも、その学生によりさまざまであると感じている。だからこそ、自分でやりたいことを見つけて取り組むことが大切なのだと思う。
藤城奈穂さん(文教大学)
伊奈学園総合高校では最大18単位の中国語の科目が履修できる。中国語を使って大学受験することもできるが、中国語を外国語の受験科目として認めている大学が少ないため、併願が組みにくく選択肢が狭くなるというのが現状である。
文教大学文学部中国語中国文学科では既修者が例年ほとんどいないため、既修者クラスはなく、一年次の中国語の授業は二年クラスに編入という特別措置を取っているが、周りに馴染みにくい雰囲気がある。大学では、中国古典や教職免許の取得など視野を広げて学習したり、HSKや中国語検定などの試験を積極的に受けたりして中国語のレベルアップを目指している。中国語中国文学科では、国語と中国語の教職免許の取得が可能だが、中国語一種と国語一種の免許が同時には取得できないようになっており、大学では国語科免許を取らざるを得ない状況である。中国語と国語の第一種免許状が取れるようになることを期待したい。